第54回群馬県文学賞(詩部門)


第53回群馬県文学賞(詩部門)

 

青ざめた碑   本間修一

 

ここにも一つ

青ざめた記念碑がある

 

背丈を超える大きさの

凱旋記念碑

鎮守の森の木立ちの中

かえりみる人もなく

 

大正九年四月十日

石工田部井有年が刻み込んだ

「日清戦役」

「日露戦役」

「西比利亜従軍者」

十三人の名前 肩書 勲等

戦死者は一人

「近衛歩兵一等卆勲八等 川島国蔵」

 

生者の誇りも

死者の恨みも消えて

歳月の落葉が礎石を埋めている

 

ここには太平洋戦の跡はない

今も続く海の向こうの戦さの砲煙は

見えない 

 

青ざめた碑がしじまの中に

立ちつくしている

刻印された十四人の名が

息をひそめて語っている

 

いかなる高揚も忘らるべし

愚かなるなんじもただ生くべし              

 

 本間修一 略歴

 東京都出身 

 2015年 第50回上毛文学賞

 2015年 第53回群馬県文学賞

 毎日新聞記者

 大箇野特定郵便局長

 退職後「僕の落第日記」(天声人語が紹介)

 現在 「裳の会」同人

(会報295号より)

 

第52回群馬県文学賞(詩部門)


庭     泉麻里


誰もいない


泣いているのは
ちいさな
今日の
わたし


導かれるまま
庭に立つと
もう
触れることも
問いかけることも
叶わなくなったひとたちが
そこここに


とねりこ
はなみずき
やまぼうし


だれも
なにも
かたらない


空を仰ぎ
降りしきるものを浴び
赦されたくて


過不足なく
調えられた
一輪
一葉
その葉陰


誰もいない
その庭に
ひとり


 泉 麻里 略歴
 水上町生まれ
 1987年 第10回 島田利夫賞佳作
 1989年 詩集「そのとき わたしが」(紙鳶社)
 1989年 第25回 上毛文学賞
 詩誌「サマルカンド」「ラティメリア」
 コミュニティマガジン「い」会員を経て
 現在 詩誌「榛名団」所属
 季刊詩誌「詩的現代(第二次)会員
 群馬詩人クラブ会員

(会報290号より)


第51回群馬県文学賞(詩部門)

 

島の地図    伊藤 信一

 

答案用紙の裏に島の地図をかいた
リンカクを鉛筆でまず一筆がきして
次に山地と平地を決めていく
大きく突き出した半島には
島の中央部から続く尾根の先端がかかり
その先にいくつかの小島を置いた
湾の奥まったところに河口があり
穀倉地帯が広がっている
その近くの
港になりそうな場所を
この島の首都にしよう
島に敷設する鉄道路線をかいたり消したりしているうちに
試験時問は終わってしまう

 

変な島が
試験のたびに生まれた

 

新しい担任は
夢中になって裏面に書き込みする少年に
ごく短く注意した
テスト用紙に落書きするな

 

島はこの世から消えた

 

半世紀が過ぎ
見慣れた街や野や山を今日も歩き続けながら
わら半紙にかかれた島々での生活を思い出す

 

寺山修司は「歴史嫌いの地理ファン」だと自称したが
この話は私にとって地理でもあるし歴史でもあるのか

 

一枚残らず消え失せた答案
島の地図は実在したのか

 

 伊藤信一 略歴
 1960年 群馬県碓氷郡松井田町(現安中市松井田町)に生まれる
 1990年 詩集『ヒキ肉料理のある午後』(紙鳶社)
 2005年 詩集『豆腐の白い闇』(紙鳶社)
 群馬詩人クラブ会員
 詩誌「東国」会員

(会報285号より)